沿道のコラム

(1)芝御成道散歩(日比谷公園−赤羽橋3.0Km)

 江戸時代、芝で増上寺に並ぶ名所といえば愛宕山。市中で一番の眺望を誇ったが、現代では東京タワーがこれに代わった。

1.将軍家の菩提寺
    
 芝の増上寺は、上野の寛永寺とともに、徳川将軍家の菩提寺として知られる。が、そもそも最初の将軍である家康が天正18年(1590)の江戸入府時に正式の徳川家菩提寺と定めたのは、増上寺だけであった。日光に「東照大権現」として祀られた家康を除き、代々の将軍は死後増上寺に埋葬される筈であった。
 にもかかわらず、三代家光は遺言を残し自ら建立した寛永寺で葬儀後、家康の眠る日光に埋葬された。これには、父親である二代秀忠(墓所は増上寺)との確執がからんでいるようだ。幼少の頃から秀忠に疎んじられ自殺まで図ったことのある家光を庇護したのが、祖父家康である。家光の家康崇拝には並々ならぬものがあった。例えば日光山輪王寺に残る家光の7個のお守り袋、その中身というのが多くは家光自身の手になる、家康への敬意の念を記した文書なのだ。
 ところで寛永寺は、江戸城の鬼門に当る上野に徳川家安泰を願う祈祷寺として建立されたもの。霊供養のための回向寺である増上寺とはそもそも性格が異なる。にもかかわらず、家光の2人の子供、四代家綱と五代綱吉が遺言で父家光の供養塔のある寛永寺を墓所に指定したため、寛永寺も菩提寺であるという既成事実が出来上ったのである。
 これに対し増上寺では、綱吉の葬儀に際して幕府に強硬な抗議を行った。そのため一騒動持ち上がったが、六代家宣が遺言で増上寺を選んだことで一応の決着がついた。以後の埋葬はほぼ交代に行われ、最終的には6名ずつが葬られている(谷中に葬られた十五代慶喜をのぞく)。増上寺の6人は二代秀忠、六代家宣、七代家継、九代家重、十二代家慶、十四代家茂である。

2.幻の都市計画
 
 幕末の動乱期に幕府が諸外国と結んだ条約は、明治新政府の大いなる悩みの種であった。この不平等条約の改正交渉に当たった外務卿の井上馨が、明治16年(1883)欧米に日本の文明開化をアピールしようと建てたのが鹿鳴館だ。さらに明治18年の内閣制発足という必要にも迫られて湧きあがった開化アピール作戦の第2弾が官庁街建設計画であった。
 欧化主義者として知られる井上の、この時の力の入れようは並大低ではなかった。そして遂には鉄血宰相ビスマルク政府の建築議官へルマル・エンデとウィルへルム・ベックマンをドイツより呼び寄せ、官庁街建設という当初の計画を東京市街地全域の改造を目論む一大都市計画へと変容させたのだった。
 東京に「花の都」パリさながらの街並が現出していたかも知れないという、この壮大な計画は、財政難のため実現には至らず、また条約改正交渉に失敗した井上の失脚もあって大幅に規模を縮小され、わずかに最高裁判所と司法省を建設するにとどまった。現在唯一残る司法省(現法務省)が、文明開化期の果敢な開拓精神と華やかな欧化主義の夢の跡をわずかにとどめるのみである。

3.かわら版 江戸のマスメディア

 歌舞伎、浄瑠璃、講談、実録本‥江戸時代、ニュースは様々な形で民衆に伝えられたが、何といっても代表的なマスメディアはいわゆる「かわら版」であろう。「かわら版」という呼称の由来は、瓦あるいはそれに類した粘土板を彫って印刷したからという説が一般的だが、本当のことはハッキリしていないようだ。
 そもそも、「かわら版」と呼ばれるようになったのは幕末のことで、それ以前は「読売」とか「絵草紙」とか呼ばれていた。初期の読売はおおむね2人一組で、ひとりがニュースのさわりを大声で宣伝し、いまひとりが刷物を売る。彼らは「さあ、おおごとおおごと、ごろうじろごろうじろ!」とか「変ったぞや、ゆかしいぞや、すたったぞや」何ぞやかぞやと絶叫しながら町をめぐったが、深編笠や頬かむりで顔を隠していた。
 ちなみに「ぞや言葉」は江戸中で流行し、良識ある人々を嘆かせたという。これが幕末ともなると、頭に置手拭、いきな着流しといったスタイルで、唄などうたいながらスマートに売り歩くようになる。
 かわら版の記事には、火事地震等の災害、仇討、心中事件、この3つが多い。怪異談や珍獣奇獣を紹介する娯楽読物的な記事も少なくなかった。また、人気の看板娘を取り上げたり、役者のスキャンダルを載せたりするあたりには、今日の週刊誌的なセンスもうかがわれる。
 たとえば、笠森お仙は評判の看板娘として書きたてられ、明和のトップアイドルとなったし、八百屋お七の事件も全国津々浦々にまで伝えられ、同情して仏門に入ったり、中には後追い自殺する者まで出たというからただごとではない。
参考:雄山閣刊『かわら版物語』

 

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