見どころ紹介

(2)碑文谷そぞろ散歩(武蔵小山駅−自由が丘駅5.8Km)

●立合川緑道(たちあいあがわりょくどう)
 落ち着いた雰囲気の石畳に、桜並木が連なる立会川緑道。緑道沿いの案内板に記された橋名が、現在は暗渠となった立会川の名残である。
 立会川は碑文谷公園の碑文谷池を水源とし、上流のこの地域では、古くは近くの法華寺(円融寺)にちなんで法華川とも呼ばれた。桜並木は、大正の末頃、川沿いの道を碑文谷八幡への表参道として整備した際に植樹したのが始まり。
 当時は川の水も澄み、所々に水車がまわる、のどかな田園風景が広がっていた。桜が緑道を彩る春には、ここは目黒恒例の「桜健康マラソン」のコースとなる。

●正泉寺(式亭三馬の墓)
 明治44年(1911)に三田より現在地に移転した。浄土宗。創建は元亀3年(1572)。「浮世風呂」「浮世床」で知られる江戸末期の戯作者式亭三馬の墓は震災後、深川からこの地に改葬されたもの。

●円融寺
 仁寿3年(853)の創建と伝えられる天台宗の古刹で、当初は法服寺と号した。開山は慈覚大師。弘安6年(1283)、日源上人によって改宗され、日蓮宗法華寺となった。その後幕府の弾圧によって、元禄11年(1698)、天台宗に戻り、天保5年(1834)以降は円融寺と号した。境内の釈迦堂は室町時代の建立といわれ、区内最古の建築物として知られる。

●サレジオ教会
 昭和29年完成の大聖堂は壮大・優美なロマネスク様式。「江戸サンタ・マリア教会」とも称される由来は、祭壇の聖母画にある。これは、宝永5年(1708)日本に上陸したイタリア人宣教師シドッチが持参した油絵の複製。シドッチは新井白石の尋問を受けた後、小石川の切支丹屋敷に監禁され、殉教した。原画は「江戸のサンタ・マリア」と呼ばれ、現在は東京国立博物館に所蔵されている。

●碑文谷八幡宮
 碑文谷村の鎮守で創建年代は不明。応神天皇を祀る。勝海舟筆の社号と大のぼりが所蔵されている。春秋二回の祭礼では昔ながらの目黒ばやしが奏でられる。

●すずめのお宿緑地公園と古民家 目黒区碑文谷3丁目
 土地の所有者角田セイさんの遺志により区の公園となった。良質のタケノコを産したという竹林には、かつて数千羽のスズメが集い、付近の人はここを「スズメのお宿」と呼んでいた。
 公園の一角にある民家は、昭和54年に地元の旧家栗山氏からの寄贈を受け復元移築したもの。江戸中期の建築とされ、農村目黒の風情を伝えている。
公園は年中公開
古民家休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)年末年始(12月28日から1月4日)
古民家開館時間:午前9時30分から午後4時30分まで
問合せ:03-5721-7287(目黒区公園事務所)

●東光寺
 世田谷城主吉良治家が、貞冶4年(1365)に没した嫡男を弔って創建したという。曹洞宗。元は東岡寺と称し、吉良氏の庇護で栄えたが、吉良氏没落後の天正18年(1590)、東光寺と改めた。

●氷川神社
 創建年代は不明。衾村の鎮守で祭神は素盞鳴命(すさのおのみこと)、稲田姫命(いなだひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)。癪(しゃく、腹痛)の神様として知られ、9月19日の祭礼には健康を願う参詣者で賑わったという。

●大円寺石造五百羅漢
 羅漢とは釈迦の弟子のこと。明和9年(1772)の大火の犠牲者を供養する519体の石像は、行人坂途中、大円寺境内の斜面にひっそりと並んでいる。羅漢は一つ一つ顔が異なり、境内を覆うケヤキやシイの影がその表情にさらなる変化を与えている。弔いに訪れた者は羅漢たちのいずれかに亡き人の面影を見いだしたという。

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