見どころ紹介

(2)松陰太子堂散歩(淡島通り−上町駅4.6Km)

●三宿(みしゅく)神社
 境内の石碑は旧江戸城の石垣の石で、碑文は武者小路実篤の筆によるもの。秋の例祭ではたぬき囃子の神楽が奉納される。

●北沢八幡神社
 世田谷北辺の守護神として、文明年間(1469〜86)吉良氏により勧請されたと伝えられている。9月の例祭には約30台もの神輿が出るが、中には女神輿もある。

●鳥山川緑道
 三宿から船橋まで、約6.7kmに渡る緑の遊歩道。昭和48年から54年にかけて整備された。途中、宮坂一丁貝付近には140mの「万葉の小径」が作られ、梅、椎、ケヤキ等万葉集ゆかりの草木74種が植えられた。

●世田谷公園
 昭和43年開園。スポーツ施設やプレーパーク、ミニSL等がある。園内に埋められたタイムカプセルは、2032年に開封の予定。問合せ:033-412-7841

●目青不動(教学院)
 寛永年間(1624〜44)、徳川家光が江戸鎮護のため特に指定したという江戸五色不動のひとつ。以前は旧麻布谷町(今の六本木)観行寺の本尊だったが、明治15年(1882)に当時青山にあった教学院に移され、明治41年(1908)太子堂に移転。

●駒留八幡神社
 名前の由来は、鎌倉時代後期、当地の地頭であった北条左近太郎が、自分の乗った馬の止まったところに八幡宮を勧請したことによると伝えられる。境内の奥には、吉良頼康が側室常盤を祀った常盤弁財天(田中弁財天)の厳島神社がある。

●常盤塚
 常盤御前が自害したあたりと伝えられ、現在の石碑は、昭和58年に地元の人や世田谷区議研究会が中心となった「常盤塚顕彰協賛会」が建てたもの。石碑の前には、鷺草の伝説の碑もある。

●世田谷城址公園
 開園は昭和15年。吉良氏の居城であった世田谷城跡に作られた公園で、昔日の面影を残す土塁や谷等がある。世田谷城自体の敷地は、現在の豪徳寺のあたりも含む広大なものであった。

●世田谷八幡神社
 寛治年間(1087〜94)、源義家により勧請されたと伝えられる。渋谷の金王八幡宮、品川の鹿島神社とともに「江戸三相撲」の一つと呼ばれた奉納相撲が有名。境内には力石(力試しに抱え上げる石)が数個保存されている。現在も毎年、秋の大祭の2日目の9月15日に、学生らによる奉納相撲が行なわれている。

●勝光院
 建武2年(1335)、世田谷吉良氏の祖といわれる治家が開基し、天文15年(1546)頼康が中興開基したと伝えられている。勝光院の名は頼康の法名に由来するものといわれ、境内には吉良氏代々の墓所がある。本尊の虚空蔵菩薩は、運慶の作と伝えられている。

●松陰神社
 松下村塾を開いて、幕末から明治に至る新時代の指導者達を育てた吉田松陰が、「安政の大獄」で処刑されたのは、安政6年(1859)のこと。「身はたとひ武蔵野の野辺に朽ちぬとも留置まし大和魂」享年わずか29才であった。当初は、処刑地であった千住小塚原に埋葬。文久3年(1863)、門弟の久坂玄瑞、高杉晋作らによって、長州藩毛利氏の抱屋敷内の現在の墓所に移葬された。明治15年(1882)には、墓の隣にお堂が建てられ、松陰神社のもととなる。墓所には松蔭と同様、安政の大獄で処刑された頼三樹三郎、小林民部少輔の墓もある。境内の石灯籠26基は、明治41年(1908)の松陰(没後)五十年祭に、伊藤博文、山県有朋らの門弟達によって寄進されたもの。他にも松陰座像や、松下村塾を摸した家などがある。なお松陰神社の近くには、井伊直弼の眠る豪徳寺がある。

●馬事公苑
 昭和15年、帝国競馬協会が競走馬の育成、馬術競技の開催、馬事知識の向上を目的に開園。現在は日本中央競馬会が運営している。園内には馬場、競技会場の他、武蔵野自然林もある。毎年9月23日の「愛馬の日」には、全国各地の伝統的な馬事芸能が披露される。開園時間9時から17時(11月〜3月は16時)、入園無料。問い合わせ03-3429-5101

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