沿道のコラム

(3)駒込寺町散歩(根津神社−駒込駅2.3Km)

 かつて日光への御成道としての役割を果たした本郷通りには多くの神社・仏閣があり、有名人の墓も多い。都内屈指の名園、六義園は昔日をしのぶ大名庭園である。

    1. お七狂乱

1.根津神社から寺町へ 

 根津神社から本郷通りに出て、さらに本郷通りを駒込駅へと向かうコースの両側には多くの寺院・神社がたち並ぶ。
 「根津七ヶ町」(旧町名でいう八重垣町・宮永町・片町・藍染町・清水町・須賀町・西須賀町)といわれる根津神社周辺の街並は今も門前町の雰囲気を残している。根津神社は、5代将軍綱吉の兄甲府宰相松平綱重の子綱豊(後の6代将軍家宣)の産土神として尊崇され、江戸時代、付近には茶屋などがたち並んで賑わいをみせた。
 駒込土物店(青果市場)跡地である天栄寺、緒方洪庵の墓がある高林寺、目赤不動の南谷寺など、寺院の多い駒込はまた、「八百屋お七」事件の舞台となった町でもあり、円乗寺と吉祥寺は、お七の物語ゆかりの地である。

2.岩槻街道と文学の道 

 吉祥寺前の本郷通りは、人形の町岩槻に続く道。江戸時代、将軍が日光東照宮へ向かう日光御成道としての役割を果たした旧岩槻街道である。絵図で見られるように、多くの店が軒を連ねていたこの街道は、東京の台地の一つである本郷台地の中央を通っている。この尾根筋の道に対して、台地の縁にある根津禅社から団子坂下へ抜ける薮下通りは、明治の文豪たちの散歩道であった。付近には『吾輩は猫である』の舞台になった夏目漱石の旧居(猫の家)をはじめ、居宅2階で海を眺められたことから名付けられた森鴎外の観潮楼の跡などがあり、この地と文学の関わりの深さを偲ぶことができる。

3.漱石の猫の家 

 千円札でおめにかかる夏目漱石(1867〜1916)が、イギリス留学から帰って住んだのは、友人である斎藤阿具博士の家。漱石がこの家で暮したのは明治36年3月から39年12月までで、その頃は東京帝大英文科、第一高等学校の講師であった。デビュー作『吾輩は猫である』をはじめ、『倫敦塔』『坊ちゃん』『草枕」『二百十日』などの名作はこの家の書斎で生まれた。
 「先づ千駄木の道に面して門があって、門を入ってじきに玄関、玄関の間が二畳か三畳敷。玄関は東に面して居ります。玄関の間を出ると南をうけた縁側があって、取突きが長細い六畳位の広さの部屋。そこは物置き同然に本をつめて置きました。お隣が八畳の座敷。ここで夏目が朝よく猫を背中にのせたまま寝そべって新聞をよんでいました。
 次ぎが六畳で私の居間。ここに私たちは寝みます。この三つの部屋が南向きで、その背中合わせに、私の居間の後ろが六畳が子供部屋。(中略)夏目の書斎は玄関脇の六畳で、間は襖になっているのですけれども、そこへ大きな本棚をおいて、わざわざ一たん廊下に出て、そこから三尺の戸を開いて入るようになって居ります。」(「漱石の思ひ出」夏目鏡子・松岡譲)
 これは漱石の妻、鏡子夫人の回想だが、当時の漱石の家の様子が鮮明に伝わってくる。漱石は書斎の東側の窓から、道を隔てて向い側にあった下宿屋の学生に「オイ、探偵君」と呼びかけたりしたそうだ。
 漱石文学の発祥の地ともいえるこの“猫の家”は、現在、愛知県犬山市の明治村に移され保存されている。

4.「染井吉野」の誕生

 桜といえば奈良の吉野。江戸っ子にとっても遠い吉野の桜は憧れだった。江戸末期、染井村(現在の豊島区駒込)の植木屋が野生のオオシマザクラを母体に新種の桜をつくり、吉野桜と名づけて売り出した。
 数年にして江戸一帯にひろまったが、吉野桜では吉野のヤマザクラと混同するので、藤野寄命という人物が「染井吉野」と改名した。こうして全国へ広まり、今では桜の代名詞になっている。

5.お七狂乱 

 江戸の華といえば火事。名高いのは明暦3年(1657)の大火(俗に振袖火事)だが、17歳のお七が恋に狂い、わが家に放火したのは天和2年(1680)。この罪によりお七は哀れにも火あぶりの刑に処せられたという。
 この若い娘の火刑は、当時、センセーションを巻き起こし、上方へも伝えられ流行作家の井原西鶴は早速『好色五人女』の一人としてお七をモデルにし“恋草からげし八百屋物語”を書きあげた。
 それによれば、お七は駒込吉祥寺の寺小姓・吉三郎に恋をする。その吉三郎に会いたい一心でわが家に放火する。これが露見し鈴が森の刑場へ向かう。“世の哀れ春ふく風に名を残し、おくれ桜のけふ散りし身は”と辞世の歌を詠み、火炎につつまれる。書三郎は自害を人に止められ出家する。というのがあら筋だ。
 二人の比翼琢は吉祥寺にあり、お七の基は円乗寺にある。

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